真実性補題

ジャズ いつか数学

『流動体について』に決着を:小沢健二、”今・ここ”への讃歌 (15000文字)

前の記事の続きです。

c-manifold.hatenablog.com

 

小沢健二の新譜「流動体について」について、あれから考えていったことをまとめます。考察や解釈がメインで、感想は最後に軽く置く程度です。

今回は全体に一応の筋を通すことで、<神>に対する一応の回答を得ました。ただ、だいぶ独自路線をとった個人的なものなので、皆さんの参考になるかは不明です

前回同様に注意しておくと、筆者はリアルタイムでオザケンを追っていない世代であり、この記事の読者としてはオザケンの文脈をそこそこ持っている方を想定しており、そして今回15000文字とアホみたいに長いです。以上、ご了承ください。

 

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僕が『流動体について』に乗れなかった理由:小沢健二の神様観の変化? (7000文字) 3/1 追記

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3/3追記 

続きの記事が出ました。あわせてお読み下さい。

c-manifold.hatenablog.com

 

 

はじめに

先日2/22に小沢健二の19年ぶりとなるシングル『流動体について』がリリースされました。筆者も大変楽しく聞いております。楽しく聞いているんですが、それはそれとして色々思うところがあります。

この記事では、僕が『流動体について』を聞いてどうしても吐き出さずにはいられなかった感想や考察を書いていきたいと思います。

B面「神秘的」はとくに書く必要も無い*1ので、もっぱらA面「流動体について」についてです。

 

始める前にいくつか注意を。

 一、この記事の読者としてはオザケンの文脈をそこそこ持ってる方を想定しています。

 二、筆者はリアルタイムでオザケンを追っていない平成生まれの世代です。

 三、自分でも心苦しいのですが、結構ボロクソ言います。不快に思われたら申し訳無いです。

以上、ご了承ください。

 

*1:本当はあるんでしょうけど、「流動体について」が大変なので今は「シンプルに良い」という感想だけで済ませておきたいのです。

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コルトレーンのLive At The Village Vanguardの話

 題名通りの話をします。

 最初にお断りしておきますが、僕はトレーンかドルフィーを選べと言われたら絶対ドルフィーを選ぶタイプの人間で、記事にもそれが滲み出ています。悪しからず。

 

Village Vanguardって何?

 今時の若者は「ヴィレッジヴァンガード」と聞くと本屋*1を思い浮かべるらしいですね。1964年で時計の針が止まっている人間にはとても信じられないことです。僕の知ってる、そして知らない方は今すぐ知っていただきたい「Village Vanguard」は、アメリカ東海岸ニューヨークに現在もあるジャズクラブのことです。

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 ここは1950年代後半から現在までジャズライヴの受け皿として数々の名演が行われてきた由緒正しいクラブであり、これからお話するジョン・コルトレーン(John Coltrane)のアルバム『Live At The Village Vanguard』も1961年11月にこの場所でライヴ録音されました。

 割と丁寧な前置きをしましたが、以下ではコルトレーンやジャズについてある程度知識があると仮定して話をします。

 

*1:本屋のヴィレッジヴァンガードはジャズクラブのVillage Vanguardに肖っているそうです。

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モダンジャズことはじめ Part.3 - 非教養編

 モダンジャズことはじめPart.3です。モダンジャズの基礎教養(を学ぶために必要最低限な文脈)はPart.1,2で紹介できたはずなので、今回は教養的でないものを紹介していきます。

 教養的でないとは、万人に勧められるものではないということです。「好きな人はとことん好きだけど嫌いな人はとことん嫌い」なアクの濃い音楽ばかりを取り揃えました。そんな音楽を紹介することには二つ理由があります。

 第一に、個性が強い分だけ教養的な音楽よりも耳にひっかかる可能性が高いということです。耳にひっかかればひっかかるほどジャズを聞く機会が多くなり、ジャズ布教というこのシリーズの表の目的にかないます。

 第二に、常識とされるような音楽を聞いていなくてもこれだけ聞いていれば常識を抑えている人から一目置かれる、ということです。音楽をファッションとして使っている感もありますが、結構マジで言っています。例えば、「ジャズ全然知らないけどRoland Kirkだけは聞きます」って人がいたら、少なくとも僕はその人のセンスと嗅覚を高く評価しますね。ジャズ初心者がちょっと探してもまず出会わない音楽なので。こういう形の音楽の需要は結構あると僕は考えています。

 教養的でないジャズを紹介するのはまたこのシリーズの裏の目的のためでもあります。裏の目的とは、「ジャズは大人の音楽」「ジャズはオシャレ」「ジャズは高尚な趣味」といったイメージをぶち壊すことです。「大人の音楽」と言うのなら「明らかに精神年齢小学生レベルの原理で作っている音楽」を、「オシャレ」と言うのなら「死ぬほど泥臭い」のを、「高尚」と言うなら「軽蔑すべきほど低俗」なのを聞かせてやりたいという逆張り精神です。その精神性の一部がこのPart.3に含まれています。あくまで逆張りなので、「小学生レベル」と言われたら「大人の音楽」を、「泥臭い」と言われたら「オシャレ」なのを、「低俗」と言われたら「高尚」なのを聞かせますが 。

 それでは音源紹介に移ります

 

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モダンジャズことはじめ Part.2 - 楽器編

 モダンジャズことはじめ Part.2です。Part.1に引き続きモダンジャズのガイドをしていきます。Part.1をご覧になってない方はこちらからどうぞ。

c-manifold.hatenablog.com

 

 この記事では楽器別に音源を分類しています。その目的は楽器に特有のサウンドを覚えてもらうことです。楽器の聞き分けができるようになるとハーモニーが分析的に聞けるようになったりして楽しみの幅が広がります。また、「この楽器のサウンドが好き」というように楽器を軸にして音源を探せるようになり便利です。なお、ベースとドラムについてはどの音源にも存在するという理由で個別紹介を省きました。あえてベースやドラムを集中的に聞きたいという方はピアノトリオを聞くことをお勧めします。

 Part.1でも注意しましたが、今回は特に音源が多いので、無理にフルで聴こうとせず引っかからなかったらすぐ次に行ってください。それではいきましょう。

 

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Let me talk about Eric Dolphy (2) - エリック・ドルフィーが切り開いたもの

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「Let me talk about Eric Dolphy (1) - エリック・ドルフィーの死とモノガタリ」の続きです。

c-manifold.hatenablog.com

この記事では、彼が遺したものについて書いていきます。

 

アウトは生きて継がれるか

 エリック・ドルフィーは丁度52年前に亡くなりましたが、それは彼の音楽が52年前に死んだこととイコールではありません。音楽家の死後に音楽が認知され永遠の名作と評価されることもあれば、音楽家が生きている間にその音楽が何にも影響を及ぼさないまま忘れ去られることもあります。つまり、音楽家の生死と音楽の生死の間に必ずしも相関はありません。では、果たしてエリック・ドルフィーの音楽は今も生きているのでしょうか? このことに答えるため、彼の音楽は一体何だったのかという切り口から考察を始めます。語りを進めるうちに、彼の音楽が生きる事と彼の後を継ぐことが密接に繋がっているという考えを打ち出していきます。

 なお、ここでは「音楽が生きている」ということを「現在も聞き続けられている」というレベルではなく、その音楽が「現在の音楽に影響を与え、あるいは何らかの形で現在の音楽に取り込まれ、あるいはその音楽が目標としたものが現在の音楽の目標になっている」というレベルで定義します。この、リスナーよりプレイヤー側を重視した定義にもまたドルフィーの影響があるのですが、それはおいおい明らかになることでしょう。

 

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Let me talk about Eric Dolphy (1) - エリック・ドルフィーの死とモノガタリ

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 エリック・ドルフィー(Eric Dolphy)の没後52年となる今日、「Let me talk about Eric Dolphy」と題し、彼の死を悼み、彼の音楽を聞くとともに、彼について語っていこうと思います。

 この記事では、彼の人生とその終わりについて書いていきます。

 

影からきた魔法使いのモノガタリ

 振り返ってみると、エリック・ドルフィーは最初から最後までとことんツイてなかったわけです。ジャズ評論家のローラン・ゴデーがかつて述べたように、その生涯はずっと「影との戦い」でした。

 

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