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真実性補題

ジャズ いつか数学

エリック・ドルフィーを聴け

 エリック・ドルフィー(Eric Dolphy)を聴いたことが無い方は、聴きましょう。聴いたことがある方は、せっかくなので聴きましょう。なにせ生誕88周年ですからね。

 この記事では初見の方に向けてエリック・ドルフィーを紹介していきます。まず軽く来歴を見ておきましょう。

 

 エリック・ドルフィーの略歴

 エリック・ドルフィー(1928年6月20日-1964年6月29日)はアメリカ西海岸ロサンゼルスに生まれ育ったジャズミュージシャンで、東海岸へ進出した1960年にアルバム『Outward Bound』で鮮烈なデビューを果たします。以後1964年に異郷の地ベルリンにおいて夭折するまで、前衛ジャズの旗手として活躍しました。リーダー作では『At The Five Spot Vol.1』『Out To Lunch』『Last Date』などの傑作を残し、またサイドマンとしてもチャールス・ミンガス(Charles Mingus)のグループやジョン・コルトレーン(John Coltrane)のグループで数々の名演を残しています。その使う楽器は多彩で、アルトサックス・バスクラリネット・フルートの三つの木管楽器を巧みに操るマルチリードプレイヤーでした。バスクラリネットに関しては、ジャズ史上初めてバスクラリネットでアドリブソロを取ったパイオニアとも言えます。

 それでは具体的にどんな音楽をしていたのか、音源を聴いていきます。

 

 

 Let Children Hear Eric Dolphy

Charles Mingus Sextet - Take The “A” Train (1964/4/12, Norway)

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 ベーシスト、チャールス・ミンガスのグループによる「A列車で行こう」の演奏です。まずオーソドックスにテーマが提示され、トランペット、ピアノの順にソロが回っていきます。ピアノ独奏のあたり(2:35~3:51)は古き良きストライドピアノにまで遡っていて面白いですね。

 こんな楽しげな雰囲気の中、その男、エリック・ドルフィーは第一声を上げます。最初の二音(4:28)を聞けば分かりますが、この男は異様です。明らかに”外れて”います。だって「ラ レ」ですよ、最初の二音。C(ドミソ)の和音に対して何で自信満々に「ラ レ」をぶつけているんでしょうか。意味不明です。そしてこの意味不明な”外れた”調子でずっと吹き続けていくのです。5:04~5:22にある超高音と超低音の間を跳躍するフレーズ(音程差3オクターブ)はぶっ飛んでいますね。やはりどういう発想をしているのか、謎です。5:41~7:30では二分弱にもわたる長いアカペラを見事遂行します。ピアノ独奏のときはおそらくミンガスの演出として意図的にザワザワ騒いでいたバンドメンバーも、ここでは演出無しで静かに聞き入っています。

 よくよく見ると、持っている楽器もまた異色です。普通ジャズで使われるサックスではありません――この黒い直管は、この濁った低音域は、馬のいななきのような高音域は、バスクラリネットです。

 この男に対してはリズム隊も警戒態勢をとっており、パワーフレーズを使い煽っていきます。ピアノのバッキングが不協和音的になっているのが顕著です。警戒態勢の裏には、「この男はいつも何かとんでもないことをやらかす」という一種の信頼と期待があります。ミンガスが2分弱の独奏尺を与えたのも、彼のドルフィーに対する莫大な信頼があってこそでしょう。

 

 五分間のソロ(4:28~9:12)、聞いてみていかがでしたか?エリック・ドルフィーに興味を持ちましたか?それとも興味を持てませんでしたか?僕が初めてこれを聞いたとき(それが初めてドルフィーを、また初めてジャズを聞いたときでした)は、ただ「驚愕」するばかりで、何が起こっているのか確かめようと何度も何度も繰り返し再生したものでした。この演奏は独特のスタイルが完成された晩年の中でも一二を争う出来の良さで、本質度が非常に高いです。すなわち紛い物が一切混じってないので、ある意味では分かりにくく、ある意味ではとても分かりやすい演奏になっています。

 次は1960年のアルバム『Far Cry』より、もう少しマイルドで聞きやすいと思われるものを二曲お聞きいただきましょう。

Eric Dolphy – Miss Ann (『Far Cry』1960)

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 「Miss Ann」はドルフィー自身が作った曲で、後に幾多のライブで演奏される愛演曲となりました。彼のソロをそのままコピーしたかのような元気な跳ね回り方が特徴的な曲です。ソロではアルトサックスを持ち、あの独特かつダイナミックなインプロヴィゼーションを聞かせます。トランペットのブッカー・リトル(Booker Little)も良く吹けていて、特に3:08から始まる2バース交換は見ものです。

Eric Dolphy – Left Alone (『Far Cry』1960)

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 三つあるメイン楽器の最後、フルートを使った名演です。ドルフィーがアルトサックスやバスクラリネットを持つと大抵その圧倒的な力で色々捻じ曲げていくのですが、フルートを持つと楽器の特性からかストレートに感情を出していく傾向があります。使っている語法は奇妙なのですが、ここには確かな説得力と癒しがあります。

 

 今までお聞きいただいたように、ドルフィーはどの楽器でも彼独特の音域を広く使ったアブストラクトなフレージングや音程の跳躍、突拍子もなく聞こえる「間」を使っています。重要なのは、それでもちゃんとコード(調性)に従っていることです。実はコード進行を無視してめちゃくちゃやっているのではなく、コード進行の中でめちゃくちゃやっているんですね。例えば、「Take The “A” Train」のくだりでC(ドミソ)の和音に「ラ レ」をぶつけていると書きましたが、これはテンションコード(高次の和音構成音)を使えば楽理的にちゃんと正当化できます。その点で彼はフリージャズではなく、アヴァンギャルド・ジャズ(前衛ジャズ)に分類すべきミュージシャンでしょう。ドルフィーにとっての前衛とは、完全な自由(フリー)ではなく、楽理という制約と己の感性・信じる正しさの作る境界線の上で、あるいはまた伝統とフリーの境界線の上で、奇跡的なバランスを保つことでした。このジャズ史上類稀なバランス感覚は彼の魅力の一つになっています。

 

Eric Dolphy & Booker Little Quintet – Fire Waltz (『At The Five Spot Vol.1』1961)

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 彼の代表作の一つ『At The Five Spot Vol.1』より「Fire Waltz」です。これはまず曲が良くて、ピアニストのマル・ウォルドロン(Mal Waldron)が作曲したジャズワルツなのですが、世界のどこからこのフレーズが湧いたんだと思わせるような不可思議なメロディをしています。ソロに入るとドルフィーは燃え滾り、凄まじいアイディア、音色、フレーズを存分に振りまきます。続くブッカー・リトルのトランペットソロも完全に吹っ切れていて良いですね。マル・ウォルドロンは自分が作った曲なんだから自分の庭だと言わんばかりに同じフレーズを執拗に繰り返す「モールス信号奏法」を展開します。

 この録音一つとってもドルフィー・リトルの相性の良さがうかがえるのですが、残念ながらリトルがこの録音の二か月半後に亡くなってしまったために、ファイブスポット以後に彼らが共演することはありませんでした。彼らの打ち立てた金字塔が記録された『At The Five Spot Vol.1』の他二曲「Bee Vamp」「The Prophet」も凄まじい熱量と完成度を持っているのでぜひ聞いてみてください。

 

John Coltrane – My Favorite Things (1961)

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 ジョン・コルトレーンの「My Favorite Things」にドルフィーが客演したのを捉えた貴重な演奏です。テレビ尺に合わせた都合上尺が10分と短く、音質も悪いという難点がありますが、それを補って余るほど演奏が良いです。ドルフィーは4:06に入ってきて初っ端から訳分からないフレーズを聞かせます。6:43~6:48のサラッとしたソロの受け渡しがカッコいいですね。

 

Eric Dolphy – Epistrophy (『Last Date』1964)

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 ドルフィーは晩年チャールス・ミンガスと共にヨーロッパツアーに出かけ、ツアー後そのままヨーロッパに残ります。この記事最初の音源として紹介した「Take The “A” Train」はそのヨーロッパツアーの様子を記録したものです。そして、ヨーロッパに残ったドルフィーが6月2日にヨーロッパ出身のミュージシャンと共に作ったのが、最後の録音と長らく言われていたアルバム『Last Date』です*1。彼はこの27日後に亡くなります。

 セロニアス・モンクが作曲したこの曲の持つ雰囲気、録音したホールの音響、ヨーロッパはオランダ出身のリズム隊の出すジメッとした雰囲気、ドルフィーが晩年辿り着いたパルス的なスタイルが相互作用し、ミステリアスかつどこか悲しげな音空間を創り出しています。

 アルバム『Last Date』の中では何といっても「You don’t know what love is」が魂の深層まで下りたかの如く素晴らしいので、これもぜひ聞いてみてください。

 

 音源紹介は以上になります。

 正直、エリック・ドルフィーは万人に愛されるタイプのミュージシャンではありません。”分かりにくい”ことが”分かりやすい”からです。ただ一方で、”分かりにくい”部分は彼にとって本質的な部分であり、そこさえ呑み込めてしまえばとても”分かりやすい”と個人的には思います*2。また、見かけ上の分かりにくさがあっても、それを乗り越えて「背伸びしてでも聞きたい」と思わせる謎の求心力を持っているミュージシャンでもあります。

 いつも全力で、素っ頓狂で、ユーモアがあって、ときに熱狂的に激しくて、宇宙の場末にいるかのように孤独で、どこか悲しくて、そしてとてつもなく正しい、そんなエリック・ドルフィーの魅力が少しでも伝われば、彼の一ファンとして幸いです。

 

 

ディスクガイド

 ドルフィーに興味を持った初心者の方に向けてどのアルバムから聴くのがよいかということを書いておきます。一番最初聴くものとしてお勧めできるのは1960年録音の『Far Cry』、1961年録音の『At The Five Spot Vol.1』、1964年録音の『Last Date』の三つでしょうか。このあたりは傑作でクセも存分に出てる一方、聞きやすいのが良いです。その後は彼のリーダー作としては

『Outward Bound』『Out There』『In Europe Vol.1&2&3』『At The Five Spot Vol.2』『Memorial Album』『Conversations』『Iron Man』

 サイドマンとして活躍しているアルバムなら

George Russell『Ezz-thetics』/ Charles Mingus『Mingus Presents Mingus』/ Oliver Nelson『Stolen Moments』

あたりが勧められます。ドルフィーが掴めてきたと思ったら『Out To Lunch』に挑戦してみてください。初めてドルフィーを聴いたとき並みかそれ以上に度肝を抜かれるかもしれません*3

 音源は他にも色々あるんですが、詳しくは

Making Eric Dolphy's Complete Discography

Eric Dolphy Discography

Introduction to Eric Dolphy Discography

あたりを参照してください。一番上のディスコグラフィーはジャケットと共にアルバムベースで紹介していて実用的です。下二つはガッチガチのディスコグラフィーです。特に一番下は貴重な音源含むほぼ全ての音源がDL出来ます。

 

 それでは、エリック・ドルフィーの生誕88周年を祝いつつ、ここで筆を置くことにします。

 

 

 

*1:ディスコグラフィーにあるように、実は『Last Date』以降の音源が発見されており商業ベースで発売されています。ただ内容は明らかに『Last Date』の方が優れているので、やはり『Last Date』が最後の録音という気持ちが強いです。

*2:誤解を招きかねないので補足すると、慣れたとしても一度呑み込んだ分かりにくさの全てが理解できるわけではありません。一部はセロニアス・モンクの如く永遠の謎として残ります。例えば、彼があの独特の語法を使う必然性というのは聞き続けると何となく分かるのですが、一方でどこからあの語法が湧いてきたのかは(チャーリー・パーカー(Charlie Parker)の再構築もあるんだろうと予想できる程度で)全く分かりません。一見分かりにくいようで実はとても分かりやすく、でもどうしても解き明かせない謎が残る、という複雑な矛盾性が彼に熱狂的なファンが多い理由かもしれません。

*3:時々エリック・ドルフィー入門として『Out To Lunch』が勧められることがありますが、僕はあんまり良くないと思います。『Out To Lunch』は『At The Five Spot Vol.1』に並ぶ大傑作である一方、それを理解するのに、その異常性を正しく認定するのに、それが理解できないことを理解するのに、必要な文脈が多いからです。あれはドルフィーの「正常」ではなく生涯唯一残した「異常」なので、初めに聞くとドルフィーを勘違いしかねないという側面もあります。誰が作ったかにこだわらずアバンギャルド/フリージャズの作品として紹介するなら良いんですが。