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真実性補題

ジャズ いつか数学

コルトレーンのLive At The Village Vanguardの話

 題名通りの話をします。

 最初にお断りしておきますが、僕はトレーンかドルフィーを選べと言われたら絶対ドルフィーを選ぶタイプの人間で、記事にもそれが滲み出ています。悪しからず。

 

Village Vanguardって何?

 今時の若者は「ヴィレッジヴァンガード」と聞くと本屋*1を思い浮かべるらしいですね。1964年で時計の針が止まっている人間にはとても信じられないことです。僕の知ってる、そして知らない方は今すぐ知っていただきたい「Village Vanguard」は、アメリカ東海岸ニューヨークに現在もあるジャズクラブのことです。

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 ここは1950年代後半から現在までジャズライヴの受け皿として数々の名演が行われてきた由緒正しいクラブであり、これからお話するジョン・コルトレーン(John Coltrane)のアルバム『Live At The Village Vanguard』も1961年11月にこの場所でライヴ録音されました。

 割と丁寧な前置きをしましたが、以下ではコルトレーンやジャズについてある程度知識があると仮定して話をします。

 

 

Village Vanguardの背景

 ライナーノーツ代わりに1961年11月前後のコルトレーンの動きを書いておきましょう。

 1959年、トレーンはリーダー作『Giant Steps』でコード進行の限界に挑みながら、同時期にマイルス・デイヴィス(Miles Davis)の『Kind of Blue』に参加してモード技法の薫陶を受けます。これから彼は死の直前までモード技法の拡張に取り組むことになる、と言っても嘘にはならないでしょう。例えば、一大ヒットとなった「My Favorite Things」はEメジャーモードとEドリアンモードという二つのモードだけで作られています。サウンドオブミュージックの原曲は当然のことながらコード進行に基づいており、トレーンはコードの曲をモーダルに編曲してしまったわけです。このようなコーダルとモーダルの融合の研究、あるいはモード技法単体の発展の様子は理論的にトレーンの足跡を辿るなら必須の事項ですが、理論に疎い僕はもう諦めています。皆さんは是非チャレンジしてください。

 さて、『My Favorite Things』は1960年10月の録音で、このとき既にピアノのマッコイ・タイナー(McCoy Tyner)とドラムのエルヴィン・ジョーンズ(Elvin Jones)が出揃っており、以降はほぼこの二人がピアノとドラムを担当しています。コルトレーンの黄金カルテットといえば残りはベースのジミー・ギャリソン(Jimmy Garrison)ですが、彼がレギュラーなベーシストとして参加するのは1962年以後です。それまではアルバムによってスティーヴ・デイヴィス(Steve Davis)やレジー・ワークマン(Reggie Workman)がベースを務めたり、ベースが二人いるダブルベース編成だったりしました。

 1961年5,6月にはアトランティックレコードからインパルスに移籍して『Africa/Brass』『Ole Coltrane』を録音しています。この録音でエリック・ドルフィー(Eric Dolphy)が編曲者・ソリストとして参加し、二人はディスコグラフィー上急接近していきます。といっても水面下では西海岸時代(~54年)から友誼を交わしており、音楽的交流もその時から続いているはずです。それがようやく表に出てきたと見るべきでしょう。

 少し間が空き*2、10月24日から11月5日にかけてコルトレーンドルフィーとその他大勢の仲間たち(後述)を伴って名門クラブVillage Vanguardにてライヴを行います。ここで11月1日,2日,3日,5日と行われた録音が今回紹介するものであり、まとめて『The Complete 1961 Village Vanguard Recordings』に収録されています。たった10日間のライヴで彼らは批評家からとんでもない酷評を浴びせられいて、例えば「ジャズを標榜した音楽的ナンセンス」「アンチジャズ」と言われています。聴衆の反応も芳しくなかったようです。もし客の入りが良かったら普通クラブ側がライヴ契約の延長を申し出ますから、10日そこらで終わるはずないんですよね。今演奏を聞くと現代でも通用するレベルの斬新さで、当時の反応については「分かってない批評家・聴衆だな」というより「そりゃこんな時代の先を行っていたら分かるはずないよな」という感想が出てきます。

 『Village Vanguard』後、11月から12月にかけてコルトレーンwithドルフィークインテットはヨーロッパへ旅演し、また多数の録音が残されています。こちらでは割と歓迎されていたようです。その様子は『Live Trane - The European Tours』という7枚組(!)のアルバムに半分位は収録されています。

 1962年の2月、『Live At Birdland』*3を最後にドルフィーはグループを抜けます。この先、ドルフィーは約2年間の潜伏期に入り、一方コルトレーンはジミー・ギャリソンを得て「黄金のカルテット(Classic Quartet)」を結成し遥かな高みへと突き進む、そのような明暗の分かれた時代が訪れます。*4

 

『Live At The Village Vanguard』の全体的特徴

 箇条書きで行きます

  • コルトレーンの転換期である:ちょうど黄金のカルテット結成前夜で、本人たちは正に暗中模索だったのでしょうが、形式や様式に囚われないことが名演を生みました。
  • 曲ごとに様々な試みが行われている:すぐ分かるのは編成でしょう。ライブなので毎日だいたい同じ曲セットを演奏するわけですが、同じ曲でも日によってコントラバスーンが入ったり、イングリッシュホルン*5が入ったり、タンブラ*6が入ったりと、様々な編成が試されています。同じ曲の録音は最大4日分ありますが、変化に富んでいて飽きることはありません。特に、ベースはレジー・ワークマンとジミー・ギャリソンの二人が日によって替わったり、二人同時に弾いたりしています。どちらかといえばレジー・ワークマンの方が良い仕事をしていますね。
  • コルトレーンのソロの変化:トレーンといえば「シーツオブサウンド」に代表される水平的なアドリブスタイルで、これは『Blue Train』周辺からフリージャズ期までずっと一貫しています。しかし例外的に、ドルフィーと共演している『Village Vanguard』や『European Tour』はフレーズが不連続的・垂直的になる部分があります。一部のコルトレーンファンはドルフィーによる功罪の罪の方とも言います。また、ドルフィードルフィーでトレーンから影響を受けていて、トレーンのグループにどう溶け込むか、モードの曲にどう対応するか実験している気配があります。
  • 圧倒的熱量:聞けばわかります。

 

 以下音源をはっつけます。

 

11/1

・Miles’ Mode

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 不思議な味わいのあるユニゾン・テーマから始まって、Bドリアンモードでソロが次々と受け渡されていきます。『Village Vanguard』の4日間を通じてコルトレーングループの様々な側面が映し出されていきますが、「Miles’ Mode」は彼らのスタイリッシュさ・カッコよさとして消化できる部分は全て出し切って、その上で更に”正しさ”を山盛りにしたような曲で、個人的にとても好きです。本当にカッコいい。

 この曲はクレジットこそトレーンの作曲になってるものの、実際はドルフィーの作品か共作らしいです。

uebergreifen.blogspot.jp

 興味のある方は上のサイトや楽譜を見ていただきたいのですが、3,4小節目のテーマが1,2小節目のテーマのちょうど逆回しになっていたりとか、ロジカルな部分が多数あります。トレーンもガチガチに理論武装しているとはいえ、こういう種の音楽実験は「らしく」ないんですよね。ドルフィーっぽいです。

 

・Brasilia

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「Untitled Original」「Brazilia」とも呼ばれます。この曲、アドリブパートのリズム隊が最高なんですよね。エルヴィンのポリリズムを交えた4ビートとワークマンのねっとりした音触のベースが、1961年11月1日のVillage Vanguard以外では聞けないような音空間を作り出しています。そして、そこに乗っかるトレーンやドルフィーやマッコイはまた最高のソロを繰り出してくるんですよ。ワークマンのベースソロ(14:21~)もこの「Brasilia」という曲の根本を解体しているようで、傾聴に値します。ルバートのテーマに戻ってきたとき、どこかこのテーマである必要が飲み込めるような気がするのは僕だけでしょうか。

 ちなみに、「Brasilia」も「Miles’ Mode」同様クレジットはトレーンで実際はドルフィーの手が結構入った曲みたいです。テーマで何やってるかよくわからないんですが、メロディだけ追うと地味に12音技法っぽいんですよね。詳しくは下のサイトをどうぞ。

uebergreifen.blogspot.jp

 

11/2

・Softly As in a morning sunrise

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 曲が短い上『Village Vanguard』で唯一のジャズスタンダードなので客のリクエストに応じて演奏した小品と見誤りかねません。しかし、蓋を開けてみれば恐るべき密度の音楽的鈍器が待ち構えています。エルヴィンがブラシを取ってピアノトリオをやってる前半部もマッコイのソロが爆発していて良いものですが、トレーンがソプラノサックスで入ってきてエルヴィンがスティックに持ち替えると俄然盛り上がりますね。

 

・Chasin’ The Trane

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 通して聞くと「コルトレーン」以外の言語を発せなくなります。後にも先にも、16分間ドラムとベースだけをバックに延々テナーサックスを吹く曲をまともに(?)商業ベースに乗せたのはコルトレーンぐらいでしょう。本当に、延々と16分ソロが続きます。凄まじいのは、これ以上無いほどの質と音密度を両立させながらアドリブを創り出していくところでしょう。ここには惰性や妥協といったものが一切見られません。これがコルトレーンという人間がやる音楽の本質です。これが楽しめるようになるまで僕は2年かかりました。お前はどうだ。

 「Chasin’ The Trane」はトレーンによって連日のライヴ中即興的に形作られていった曲です。どうも最初は「Fキーのブルースを演ろう」としか決めていなかったらしいです。全然考えられて作られてないので、「Chasin’ The Trane」という名前も11月からの録音でマイク担当がブンブンサックスを振るトレーンに合わせ行ったり来たりする様子から適当に名付けられています。

 

11/3

・Spiritual

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 ノーテンポのテーマから始まり、ゆったりとしたワルツでソロが廻っていきます。チル・アウト用の落ち着いた曲調に見せかけて熱量があるので休めません。

 『Village Vanguard』で繰り返し演奏される曲のうち、以後の『Europe Tour』や黄金カルテットでは演奏されなくなる曲として「Chasin’ The Trane」「Spiritual」、そして次に出てくる「India」があります。個人的にこの三曲が『Village Vanguard』らしさの中核を成している印象があります。

 

・India

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 「India」という曲も中々不思議です。テーマは単純なリフ・テーマ、アドリブはCメジャー/マイナーモードというもっともベタなモードで廻っていきます。トレーン(Cマイナー)→ドルフィー(Cメジャー)→トレーン(Cマイナー)の順です。二人いるベースがテンポキープせず打楽器的にかき鳴らしているため、音楽の進行は全てドラムのエルヴィンに託されています。彼がポリリズムをモロに使っていくので、全体的にリズムの浮遊感が生まれています。

 この演奏は『Village Vanguard』で最も静かな(それでも内に激情が篭った)「India」と言えます。この次に紹介するのは、最も激しく、そして個人的に『Village Vanguard』4日間の白眉と呼びたい「India」です。

 

11/5

・India

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 カランカラン、とタンブラが鳴る。ドラムが時を動かし始める。ベースはパルスを生む。イングリッシュホルンオーボエか、ダブルリードが明朗に鳴り響く。ピアノは静かに待ち構えている。ソプラノサックスのコルトレーンバスクラリネットドルフィーがシンプルなテーマを吹き始める。

 『Village Vanguard』で最も過激なソプラノサックス。音程的律動的音響的うねり。トレーンはずっとドラムの方を向いて演奏していたんじゃないかと思います。本質的に音楽を動かしているのはソプラノとドラムだけ。ドラムとの真っ向勝負。エルヴィンは獣のように獰猛に攻め、およそ一人の身体から放たれたとは思えない多層的リズムを奏でます。リズム自体がメロディになりうることを、太古の昔から知っていたみたいです。激流に逆らって、あるいは自身が激流となって、トレーンは空間を揺れ動かしていく。

 突如現れるエリック・ドルフィー。素っ頓狂でどこかおかしいテーマの模写から始まり、しかし音色はどこまでもドライかつハード。バスクラリネットの暴力性は、身体で受け止めるしかありません――サックスと同じ領域でここまで破壊的になれるのか、と。時が圧縮されたのか、数分足らずでソロ交代を告げるピアノが鳴り始め、彼は鮮烈さそのものになって「India」の闇の中へ掻き消えます。ドルフィートレモロをトレーンがトレモロで受け継ぐ。ドルフィーの断末魔!

 深夜のVillage Vanguardになお続く激情。コルトレーンは無限の荒野を独り行きます。彼が「India」という土地に仮象したものはなんだったのでしょうか。ただの東洋趣味や黒人のルーツ意識とは思えません。果ての無い砂漠をひたすら歩き続ける修行。決して今の場所に留まることなく、更なる高みを目指し続ける苦行。結局の所、誰も彼の代わりはできないし、これは彼がやるしかないことでした。

 演奏は最後の最後まで張り詰め、冴え渡り、暴力的な論理によって終止します。素晴らしき終わりへの美意識、でも身体と音の慣性は「India」の中に取り残されたままです。あるいは、このときの演奏の余韻が、音の一滴が、55年前から出る場所を失って、今もVillage Vanguardのどこかで渦巻いているのかもしれません。

 

 というのが、僕がこの曲を聴いたときのおおよその脳内イメージです。このポエムを書いて満足した(力尽きた)のでここで音源紹介を終わりにしたいと思います。

 

 

ディスクガイド

 この記事を見て『Live At The Village Vanguard』関係のCDを買おうとする方はほぼいないと思いますが、一応書いておきます。僕から言えることは、『The Complete 1961 Village Vanguard Recordings』を買え、ということだけです。

https://www.amazon.co.jp/Complete-1961-Village-Vanguard-Recordings/dp/B000003NA3

 トレーンのVillage Vanguardは派生製品が多く、歴史的には『Live At The Village Vanguard』や『Impressions』が60年代当時に発売されています。しかし個人的にはそれらが気に入りません。というのも。ドルフィーの活躍が意図的かと疑うぐらいは省かれているからです(そう、皆さん今までお気づきにならなかったかもしれませんが、僕はトレーンかドルフィーかだったら必ずドルフィーを選ぶ方の人間だったのです)。そうでなくとも最終的にはVillage Vanguardの全貌を知りたくなって『Complete ~』を買う可能性が高く、じゃあダブらないよう初めから『Complete ~』を買いなよ、というわけです。あと、最近はyoutubeがあるのでお気に入りの数曲を聴きたいだけならCDを買わず済ませられるというのもあります。時代ですね。

 あと、『Live at Village Vanguard Again』という似たようなタイトルのCDがありますが、これはフリージャズを取り込み魔境と化した後期トレーンの作品なので絶対に間違えないようにしてください。間違えて買ったら僕は面白いですけどね。興味のある方は検索して聞いてみてください。

 

 

 

*1:本屋のヴィレッジヴァンガードはジャズクラブのVillage Vanguardに肖っているそうです。

*2:この間のコルトレーンの動きについて詳しく知りませんが、ドルフィーは7月『Five Spot』セッションでブッカー・リトルクインテットを組んでいます。双頭クインテットが上手くいかず解散したことは、ドルフィーがトレーンのグループに参加した遠因と言ってよいでしょう。

*3:トレーンで『Live at Birdland』といえば普通1963年録音1964年発売のアルバムを指しますが、ここでいう『Live at Birdland』はまた別のアルバムです。

*4:余談ですが、録音こそほぼ残っていないもののディスコグラフィーを見ると1963年にもドルフィーコルトレーンのグループに参加していたことが記録されています。彼らの友情と音楽的交流は本当にずっと続いていたわけです。

*5:オーボエとも(誤って)言われる。音域的にはどっちでも整合するか?

*6:ウードと誤記されることがある。